深刻化するSAP S/4HANAに精通した人材不足とその理由

深刻化するSAP S/4HANAに精通した人材不足とその理由

先日、日本の同僚から「SAPユーザーの憂鬱」(日経xTECH記事)という連載記事について知らされました。

なぜ、そのようなことが起こっているのでしょうか。おそらく、2025年までにSAP S/4HANAの導入を完了する必要があるとSAPから言われているからではないかと思います。SAPによれば、そのプラットフォームについてこの時点で同社は、ECC(Enterprise Core Component)エディションのメインストリーム保守サポートを打ち切る計画であるといいます(→例:SAPはECCエディションのメインストリーム保守サポートを2025年で打ち切ると通達しています)。ECCは過去15年間にわたり、SAPのERPシステムのコアの役割を果たしてきました。SAPのユーザーグループの懸念の1つに、S/4HANAの導入に必要なスキルを有する人材が不足していることがあります。これはユーザー企業だけでなく、システムインテグレーターもが同じ問題を抱えています。さらに導入が完了しても、今度は保守サポートをどうするかで頭を悩ませることになるのです。

S/4HANAについては、その投資効果が見えない点やROIが不明瞭である点がかねてより問題視されてきましたが、それに加え、S/4HANAを扱える人材不足も問題の1つになってきたのは明らかです。

S/4HANAの導入は、大規模なアーキテクチャの全面変更を意味します。その理由の1つは、S/4HANAが「簡素化」と「合理化」を目指していることであり、もう1つは、過去のバージョンの基盤になっていたリレーショナルデータベースをSAP自身の設計による新しいデータベースエンジンと入れ替えているためです。これまでは大規模な実装環境ではほとんどの場合、Oracle DatabaseやIBM DB2をデータベースバックエンドに使用していましたが、トランザクションのパフォーマンスとアナリティクスの組み合わせで最適であるとして、SAPは、HANAインメモリデータベースデザインの普及を進めています。

新たなアーキテクチャにどのようなメリットがあるとしても(そのメリットには賛否両論があるのですが)、いずれにせよ、実装、管理、サポートの面でこれまでとは異なるスキルセットが必要になるほど、そのアーキテクチャは様子が異なります。

企業の中には、S/4HANAを現場に導入するためのハードルを下げるためにSaaSバージョンを採用し、いくつかの技術的な作業をクラウドプロバイダーに任せようとしているところがあるようです。SaaSバージョンはS/4HANAと比較すると新しく未成熟ですが、ともかくその導入を進めているか少なくとも試験的な運用を開始しているところがあるということです。

ただし、SaaSバージョンのS/4HANAではいくつかの技術的なハードルを下げられる一方で、別の問題が生じる可能性があります。SaaSでの導入を成功させるためには、ハイブリッドITのノウハウを蓄積する必要があるでしょう。データやプロセスをローカルシステムとパブリッククラウドの間で、あるいはより可能性の高いパターンとして、複数のクラウドの間で共有するうえで、このノウハウが欠かせません。このようなスキルもまた、簡単に手に入るものではありません。

しかしこういった大規模なアーキテクチャの変更がこれまでに全く無かった訳ではありません。弊社の社員の中には、SAPの世界に非常に長く関わり、1990年代後半に起きたシステムの導入ラッシュを経験した者もいます。西暦2000年問題と、旧来のメインフレームからのシステムの移行という2つの要素が組み合わさって、そのような事態が発生しました。SAP R/2をクライアントサーバーやWebのモデルに置き換えたのです。

S/4HANAへの移行も、そのときと同じような状況となるように思われます。前回の導入ラッシュのときは、当時最新のERPプラットフォームについて何年も経験を積んだ人材を見つけるのはほぼ不可能でした。プラットフォームが市場に出て間もなかったからです。R/2のエキスパートはR/3について学ばねばなりませんでした。そしてもっと多くの人材を雇って現場に投入する必要がありました。

このよう状況を体験してきた人たちはSAP R/3について経験を積み、ECCが登場したときにもその対応に携わり、いまやベテランの人材としてSAPプラットフォームの権威となっています。彼らのスキルはきわめて価値の高いものですが、問題は、SAPについて15年から20年の経験を有する人材の多くが退職を考え始めている点にあります。また一方で新たな人材は必ずしも従来のようにはSAP関連の業務に魅力を感じていません。

日本においては、特に危機意識が強いように見受けられます。そう見えるのはおそらく、日本では2025年に予定されているSAPの保守サポートの打ち切りを他の国よりも深刻に捉えているためであり、S/4HANAの導入をはるかに積極的に進めているからでしょう。一方で、日本以外の国の企業はずっとS/4HANAに懐疑的な姿勢を示す傾向が強く、保守サポートの終了期限は延長されるだろうと予想しているか、ERPを刷新するにはほかにもっと良いアプローチがあるはずだと考えています。一方、SAPがECCのサポートを中止する可能性が高いと考えている企業の一部はすでに、保守サポートの形態を第三者保守サポートに切り替えています。

リミニストリートが関係している別のシナリオとして、S/4HANAを段階的に導入している企業があります。リミニストリートのサービスを活用して、導入期間中のトータルの保守サポートコストを削減し、移行の支援を弊社から受けています。

2025年が近づくにつれて、この問題に関する懸念の声が世界各国からもっと聞こえてくるようになるでしょう。

SAPのコンサルティング企業、Resulting Ltd.の創設者兼マネージングパートナーのStuart Browne氏がLinkedInで説明しているところによれば、英国ではすでに、SAP FICOやSDについて経験を積んだ人材の確保がきわめて困難になっているといいます。「(S/4HANAの導入を推進すれば、)状況は悪化するだけです。人材に対する需要が増大し、その一方で現場スタッフは高齢化しているからです。このような事態は、世界有数の一部大手企業に大きなダメージをもたらす可能性があります。このような企業は、デジタル時代の競争に対応できるようビジネスモデルを作り変える必要がありながら、人材市場の需給の大幅な不均衡と人材の争奪戦の影響を受けてそれができない状況にあるのです。」

需給のバランスは最終的には均衡するでしょう。しかしそれまでの間は、SAPに関するコスト、とりわけ、S/4に関するコストは高額なものになるでしょう。Stuart Browne氏はそう述べています。

一方、リクルート専門会社、Phaidon InternationalのWebサイトに掲載されたブログ記事は、以下のように同じような懸念を表明しています。「2025年の時点で顧客はS/4HANAへの移行を完了しているものとSAPは期待しており、それ以降は、現行のビジネススイートのERPシステムをサポートするつもりはないでしょう。これを受けてSAPの顧客はそのすべてが、今後数年でS/4HANAの導入を完了する方向で動くものとみられます。その結果、経営者が自社の戦略目標の達成に貢献する、可能な限り優れた人材を集めようとして競い、報酬に上昇圧力が加わることになります。」

ERPを扱える人材はすでに不足し始めています。そして、SAPがS/4HANAの導入を迫ればさらに状況は厳しくなると、業界は認識してきています。クラウド、人工知能、デジタルトランスフォーメーションに関する戦略への関心が高まっており、これらのいずれにおいても人材に対する需要が高まっていますが、同じ現象がERPの分野でも起こっているのです。

ガートナー社はそのレポート『Retirements and Digitalization Are Creating an ERP Skills Gap – Are You Prepared to Fill It?(2018年7月)』でこの問題をさらに包括的な視点から取り上げています。ガートナーのレポートによれば、あるガートナーの顧客は、自社がある種の競争を強いられていると述べているそうです。サポートチームのメンバーが会社を退職するまでにERPの刷新プロジェクトを完了しなければならないというのです。そして、この顧客は次のように語っています。「現在ではERPを入れ替えるために必要な人材は、10年前ほど簡単に集められません。ERP製品の専門知識を持った、候補者となる外部の人材の数が減っているからです」さらに、アナリストは次のように述べています。「デジタルプロジェクトを担える人材への需要が高まり、事業部門内にそのような人材を配置する必要が生じていることから、最高レベルのITリソースを獲得しようとして新たな競争が発生しており、そのため、人材の不足はさらに深刻化しています。

SAPは次のデジタルイノベーションの波がS/4HANAを中心に動き出すと主張するかもしれませんが、優秀な若手の人材がERPの分野を目指すとは限りません。クラウドやモバイルアプリ関連の仕事をする機会や、ERPの世界の外側でこれまでにないデジタルビジネスモデルを創造できる機会があまりにも数多くあるのです。

一方で、ビジネスの運営の観点も必要です。コンサルタントを多数雇ってERPの導入を完了できたとしても、コンサルタントがいなくなってから今度は、サポートのための人員を配置する必要があります。

ECCをサポートするスキルが、将来、S/4HANAをサポートするためのスキルに転換できないと言っている訳ではありません。コアとなるコンセプトの多くは、S/4HANAもECCと同じです。つまり、ほかのERPプラットフォームからS/4HANAに乗り換えるスペシャリストよりも、ECCのスペシャリストのほうが、ずっと容易にS/4HANA関連のスキルを習得できるのです。ただし、システムがクラッシュしたり、ECCの重要なカスタマイズ部分が機能しなくなったり、S/4HANAでレポートが実行されなくなったりしたときには、S/4HANAとECCとの違いを理解していることが確実に重要になります。

たとえば、S/4HANAでは、普及しているアプリケーションプログラミング言語であるABAPをサポートしていますが、記述したプログラム自体は新しいデータ構造に適合させる必要があります。また、フォームの検証のルールやワークフローのルールなどの単純なカスタマイズは機能しなくなっています。これらのプログラムをフックする「user exits(ユーザーによる終了)」の機能がS/4HANAではサポートされていないからです。SAPは意図的にERPのコア部分を簡素化し、カスタマイズの余地を大幅に減らしています。SAPがベストプラクティスと考える方向へとユーザーを誘導するのがその狙いです。しかしこれが良い結果を生むのは、SAPのベストプラクティスが確かな機能向上につながるとお客様が納得している場合に限られます。

同様に経験豊富なBasisの管理者もアプリケーションを構築し、HANA用に最適化するためには、リレーショナルデータベースではなく新たなルールについて学ぶ必要があります。

これらすべての点でリミニストリートはお客様をサポートすることができます。弊社のエンジニアはこの分野で平均15年の経験があります。これらエンジニアの豊富な経験から得られるメリットは多々ありますが、過去に移行作業に関わった経験から得られるメリットもその1つです。S/4HANAへの移行においては、移行期間中の保守サポートコストを削減できるので、確かな投資効果を期待できます。弊社のお客様では、ERPの年間の保守サポートコストをトータルで約75%削減しています。

一方、既存のECC環境の利用をやめる理由がないのであれば、2025年の時点でもリミニストリートは保守サポートを提供します。サポート契約の締結時点から最低でも15年間は現在お使いのプラットフォームをサポートすることを保証します。リミニストリートのサービスでは、業界で定評のある保守サポートに加え、既存ERPのクラウドへの移行の支援を通じ規模の経済のメリットも得られます。また、ソフトウェアを追加したりクラウドサービスを導入したりして機能の拡張を図る場合にもサポートが受けられます。

悲観することはありません。リミニストリートがお客様をサポートいたします。